調査レポート・コラム

命の現場のリーダーシップとマネジメント

~新型コロナ患者入院受入病院の経営トップ・幹部に学ぶ~

弊社のクライアントの中には中核病院が数多くあります。私のクライアントにも新型コロナウィルス感染患者の入院を受け入れている病院が4件ほどあります。これらの病院は民間病院と公的病院であり、大学病院や自治体病院ではありません。

コロナ禍の大変な状況ではありますが、継続的にミーティング等をしていますが、その中でこちらの4病院で共通すると感じた経営トップ・幹部のリーダーシップやマネジメントについてご紹介します。

感染患者 入院受入病院の状況

基本的にどの病院で新型コロナウィルス感染患者の入院を受け入れているかは、一般には公表されていません。普通に外来に行っても全く分かりません。しかし、入院を受け入れている病院の内部は高い緊張感をもって仕事をされています。

病棟はゾーニングされており、職員の方々は完全防護で感染疑いまたは感染患者に向き合います。防護服は暑いですし、何度も着替えるのも本当に大変な状況です。その他にもあらゆる感染防止対策が講じられています。さらに、こうした状況が「いつまで続くかわからない」ということも、職員の方々のストレスをさらに高める要因になっています。

経営的には深刻な打撃を受けている病院がほとんどです。感染患者の入院を受け入れている病院ほど経営状況が悪いということが報じられていますが、その通りです。国からの補助金がだいぶ助けにはなっていますが、コロナ前よりも経営状況が悪い病院がほとんどで、病院も他の業界と同じく、経営状況は苦境に立たされています。

命がけの職場に見る、経営マインドのすごさ

感染患者の入院を受け入れている病院は、業務遂行面でも、経営面でも大変な状況ですが、私が担当している4つの病院では、経営マインドやトップのマネジメントの面で共通することがあります。これは危機下のマネジメントとして非常に重要なことなのではないかと思い、ぜひお伝えしたいと考え、まとめることにしました。

ただし、あくまで私が担当している4つの病院でのことなので、その点はご承知おきください。

①経営幹部がとても冷静で前向き

とにかく皆さん、冷静で前向きです。内心はいろいろあるかもしれませんが、少なくとも私がお会いしている限りでは、「この病院、新型コロナ感染患者さんが入院しているんだよなぁ?」と思うくらい、いたって“普通”で、明るいくらいです。

私がお会いするのは院長や事務長、看護部長という方々なので、現場に出ていないからではないかと思う方もいるかもしれませんが、職員が万が一感染すれば大変なことですし、感染させないための大きな責任も負っています。ともすれば記者会見を開かなければならないような立場の方々で、事を軽く見ているなどということはありません。また、直接診療にあたられている院長もいらっしゃいます。

普通に日常が流れていて、やるべきことをやる、という感じです。「最初は本当に未知のウィルスで恐ろしかったけど、今はどうすれば感染を防げるかわかってきたから、ある程度落ち着いている」とおっしゃる方もいます。

危機に直面した時、その危機を正しく恐れて、トップやリーダーがうろたえずに前向きな姿勢を示すというのは、非常に重要なことではないでしょうか。

新型コロナウィルスは現時点で本当に恐ろしいですが、現実の社会は動いていかなければなりませんし、新型コロナウィルスの対処以外にも病院ではやらなければならないことは多々あります。

人の命を命がけで守る医療の現場において、トップが冷静かつ前向きに現実に向き合う姿勢を示すということに、私は大きな学びを得ています。

②使命感で仕事をしている

「私たちが診なくて誰が診るのか」、「地域の人の健康と安心を守るのが当院の使命だ」、本当にこうした思いで向き合っており、現場の職員の方々もそのように思って患者さんに向き合っていらっしゃいます。

これは、当たり前のことでしょうか?「医療職とはそういうものだろう」と思う方もいるかもしれませんが、これは全く違います。確かに医療職の方々の多くは、人の命を救いたいとか、誰かの助けになりたいという気持ちで医療職に就いています。しかし、「自分の命を危険にさらして」とは思っていないでしょう。

確かに医療職も自分自身の健康リスクをある程度は抱えた職業ではありますが、基本的には命のリスクを抱えた仕事ではないのです。

新型コロナウィルスは、「感染」というリスクをはらんでおり、今のところワクチンも特効薬もありません。

命のリスクがある仕事と思って就いた職業ではない人たちが、使命感のもとにモチベーションを長期間維持しながら仕事を続けるのは、並大抵のことではありません。

病院の理念や使命、医療従事者としての使命と倫理観を拠り所にするしかなく、経営トップや幹部が一番それを信じ、発信し続けなければ、現場は不安に駆られ、緊張の糸も切れてしまうというものです。

私の担当先の4病院のトップや幹部の方々は、「それが病院だから」とさらっと言われますが、簡単ではありません。職員を雇用している責任も非常に大きいものがあります。トップや幹部が自分たちの病院の理念や使命を心底信じていること、これは非常に重要なことだといえます。

ところで、緊急事態宣言が発出された前後、職員に危険手当を支給すべきかという相談が相次ぎました。その際、使命感で戦っている現場に危険手当を支給すると、むしろ逆効果でモチベーションを下げてしまう可能性があるので、慎重に考えたほうがよいというアドバイスをしました。これはアンダーマイニング効果と言われるもので、これについては別に詳しく書いてあるレポートがありますので、興味がある方はご参照ください。

もちろん、金銭的保障も重要ですが、現場の使命感を大切にするためには、お金で対処することをファーストチョイスにせず、できる限り安心して働ける環境を整えることに力を入れることが重要になります。お金が先に立つことで、現場の使命感をくじいてしまう場合があるのです。

③安心して働ける環境を整えている

使命感を持った職員の方々は、患者さんのために一生懸命に働きたいという思いを持っています。しかし、それを阻むようなことが色々とあります。

  • 地域や近所の方からの目(差別とは言いたくありませんが、いわゆるそのようなもの)
  • 知らず知らずのうちに家族にうつしてしまうのではないかという不安
  • 感染したり、感染疑いの自宅待機で仕事ができなくなった場合の収入

このほかにも様々なことがあります。

こうした不安を拾い上げ、安心して働ける環境を提供することは非常に重要なことです。危険手当を支給するよりも先に、こうしたことに対処する必要があります。

4病院では早々に次のような手を打って、職員の不安を和らげる対応をしました。

  • PPE(防護具)、高機能マスク等の感染対策物資の確保
  • 感染疑いで自宅待機となった場合の給料の100%保障の確約
  • 自宅外宿泊希望者の宿泊先確保(ホテル、院内特別室等)
  • 家族等への院長からのメッセージ送付
  • 家族等への衛生用品の配布(マスク、消毒液等)

他にも様々な工夫をしています。これらで十分とは言えないかもしれませんし、安心にゴールはないかもしれませんが、こうしたことは従業員にメッセージとして伝わります。

まさにトップはトップの仕事、現場は現場の仕事をするということだと思います。やっている内容は違うとしても、病院として一丸となって取り組んでいるのです。

危機においては、従業員の不安を取り除き、安心を提供することが重要なマネジメントだと言えます。

④厳しい未来を想定している

最初に「経営幹部が冷静で前向きと」書きましたが、一方で非常に厳しい未来を想定している点も共通しています。4つの病院すべてで「あと2,3年はこの状況が続くだろう」と言っています。病院において「この状況」というのは二つの意味があります。一つは新型コロナウィルスの蔓延状況、もう一つは患者が急激に減り経営が苦しくなっている状況です。特に患者が減っているということについては、コロナ前の状況と同じになることはないだろうという見通しを立てています。

しかし、だからと言って、悲観的になっているということではありません。未知のウィルスであった新型コロナウィルスにも冷静に向き合って対処してきたのと同様に、経営においても状況を冷静に把握し、むしろ厳しい見通しを立てて、対応策を考えるということでしょう。これは健全な危機感と言えるのかもしれません。

ただ、病院においては感染リスクという命の危険と日々対峙しているのであって、それをしながら経営リスクについても厳しい見通しを立てつつ、すべきことを考えて取り組んでいるということに「健全な危機感」という言葉では陳腐に感じる凄みを感じ、感動を覚えます。

⑤赤字を仕方がないと考えていない

そして、赤字で仕方がないなどとは思っていないところも共通しています。とにかく黒字にしようと一生懸命であるところもすごいところです。コロナ禍で大きな打撃を受けている企業は多数あります。本当に苦しんでいる企業もあり、手の尽くしようがないという企業や業種もあるかもしれません。そうした企業は本当に苦しいでしょう。

病院の場合、本来は非営利企業です。しかも、感染患者の入院を受け入れている病院ほど経営が苦しいという、一般企業とはまた違った理不尽さがあります。しかし、そんな中でも、「コロナだからしょうがない」などとは一切言わず、少しでも経営状況を改善するために取り組んでいる姿勢に学ぶべき点があると思います。

先日、「コロナ禍の病院経営」というセミナーがありました。ものすごく前のめりで話を聞き、必死にメモを取っていたのは、この4病院の一つの看護部長でした。終わって早々「ものすごくたくさんヒントをもらえました。やる気が出ました。やりたいことが山ほどできました。またいろいろお話させてください!」と私に話してくれました。こんな幹部がいる病院は、絶対潰れないだろう、従業員も幸せだと強く感じました。

これらの病院には患者が戻りつつあります。院内の感染対策を徹底して患者が安心して受診できることをPRしたり、救急隊と積極的にコミュニケーションをとって救急車の受け入れを増やしたり、人間ドック未受診者に連絡を入れたり、クリニックの感染対策のアドバイスに出かけたりと、様々な取り組みの成果が出始めています。

弱音を吐くのはいいかもしれませんが、言い訳はしない。コロナ禍を言い訳にしない。言い訳がよくないのは、打つ手がなくなるから。

危機下において、トップが言い訳をせず、トップ自身が必死になること、重要なマネジメントのポイントだと思います。

組織・チームマネジメントとして学ぶこと

このコラムページは、チームマネジメントやリーダーシップに関するテーマを掲載していますが、病院は高度なチームマネジメントを必要とする業種の一つです。患者さんのために様々なプロフェッショナルが連携して治療にあたる。学ぶべき点がたくさんあります。

そんな病院にも「経営」はあります。今回のケースを皆さんはどう感じるでしょうか。私は自分の担当クライアントではありますが、たくさん勇気をいただいています。一番すごいと思うのは、経営トップや幹部に全く悲壮感がないこと。「こんな時だからこそやってやるぞ」というくらいの気持ちを感じること。危機下のリーダーシップやマネジメントのポイントは多々あるものの、まずはリーダーが前向きなオーラを発信し、「やってやるぞ」というポジティブな影響を周囲に伝えていくことが大事ではないでしょうか。

きっと、一般企業の方々にとっても参考にしていただけると願っています。

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株式会社日本経営
取締役 人事コンサルタント 橋本竜也

1999年に入社後、一貫して企業の人事制度構築、組織風土改革に携わる。理論・経験だけでなく、科学的検証に基づいたES調査、チーム診断の必要性を強く認識し、チーム診断ツールNaviLightをリリース。その研究過程や実施データに基づいた知見も踏まえたコンサルティングを提供している。


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