調査レポート・コラム
「日本人は忍耐強く・自制心があるから感染爆発を防げた」と考える人は人事戦略を間違える

当初、批判の多かった日本の新型コロナウイルス対応だが、現在はその感染スピード・死亡者数の観点から再評価の動きがでている。世界の中でも緩い方に分類される日本の対策でなぜ、このような結果に至っているのか、何か理由があるのではないか。その謎(所謂ファクターX)の解明に向けて今、多くの専門機関が調査を進めている。
ただ、人事の専門家としていえることは、その理由として「日本人は忍耐強く・自制心があるから」というのは恐らく間違っているということだ。そして、こういった「ある事象」に対して、その原因を「心」に求める思考は企業の人事戦略にとって大きな損失となりかねないということをお伝えしたい。

そもそも人の動きは諸外国と比較して制限できていたのか?

位置情報をもとに米Googleが公開する世界の人の移動に関するデータ(下図)をニューヨークと東京でそれぞれ、ロックダウン・緊急事態宣言後30日間比較してみた。すると、残念なことに平均して東京の方が優れた成績を収めている項目は一つもない。つまり、「ニューヨークと比較して東京の人々の方が行動を制限した」という事実はなく、行動制限の度合いは同程度もしくは若干劣っていたとみるべきであったとみるべきであろう。

【東京とニューヨークにおけるロックダウン状況】

  主な内容 罰則
東京   不要不急の外出自粛や店舗の休業要請 なし
ニューヨーク 不要不急の外出は原則禁止。企業は一部を除き出勤禁止 出勤停止違反で事業者に罰則

それでも、減っているのは何故か?

しかし、それでも、「日本のロックダウンは、罰則がないのに同程度の行動制限が実現できたことは素晴らしいことではないか。やはり、そこには日本人のもつ忍耐強さ・自制心が寄与しているのではないか」という意見もあるだろう。この点について考察しよう。

そもそも「罰則」によってヒトは行動を制限するのか

上記の考えの前提には「ヒトは罰則を科した方が行動を制限する」という前提がある。しかし、そもそも罰則を科せば人の行動を制限できるのであれば、犯罪はこの世から無くなっているはずである。
罰金刑の効果に関する研究では、「同じ罰金刑にもかかわらず、刑罰執行確率の高い犯罪に対してはその抑制効果が示されたのに対して,刑罰執行確率の低い犯罪に対してはその抑制効果が示されない」ことを指摘しており(田中,2011)、つまり「罰則」そのものに効果があるのではなく、それよって受ける影響の大きさ(損得)に効力があることを示唆している。
実際、先ほどのGoogle位置情報によると、ニューヨークの人々の行動は「罰則付きロックダウン」によってではなく、「新規患者数」との相関関係の方が大きいように読み取れる。

【ニューヨークにおける新規患者数と移動率推移】

【ニューヨークにおける時系列移動率推移】

さらに、考えるのが日本には本当に「罰則」が無かったのか?という点だ。そこで、思い出されるのは「自粛警察」という言葉だ。「自粛警察」とは、行政による外出や営業などの自粛要請に応じない個人や商店などに対して、私的に取り締まりや攻撃を行う一般市民やその行為であり、当時、日本ではこの私的制裁が機能していた。
このような、私的制裁が機能した閉鎖社会においては、他者に対して非協力的な行動を取ることは利益ならないどころか損になる。つまり、人々がお互い協力しあうのも、無秩序な行動が起きないのも「忍耐強い・自制心がある」という理由ではなく、「そうしないと損だから」であり、その要因は「私たちの心」ではなく「私たちが置かれた環境」にあるとみるべきだろう。

「自粛」を加速させた日本人の「協調性」

もう一つ注目したい視点がある。それは日本人の協調性だ。よく日本人は協調的であり、アメリカ人は独立的だと言うが、実際には、「協調性」という言葉で両者を比較すると、そこには大きな違いはないとされている。しかし、「協調性」というものには、問題解決のために自分の利益を差し置いて協調する「ポジティブな協調性」と集団の中で波風を立てない、問題を起こさないための「ネガティブな協調性」があるといわれており、ここには日本人・アメリカ人で差があり、日本人はネガティブな協調性を示す人が多く、アメリカ人はポジティブな協調性を示す人が多いと報告されている。(橋本・山岸,2015)
今回、日本人の多くが行動を自粛した心理にもこの「ネガティブな協調性:外出して問題になったら嫌だな」という特徴が表れたのではないかと考えられる。

出展:橋本・山岸2015「適応論的視点にもとづく独立性と協調性の日米差の検討」

企業の人事戦略を問い直す

そこで、我々はこれらの特性が「企業・ビジネス」にとって有効か?を考えなくてはいけない。我々のネガティブな協調性は

「企業から創造性を奪っていないか」
「多様性の社会の中で本音での対話を阻害していないか」
「不正・職場ハラスメントの傍観に繋がっていないか」

コロナウイルスという予想もしていなかった事態を目前に、我々は誰もが答えのわからない中で失敗を含めた実践を積み重ねながら少しずつ前進していくことが求められている。そのような中でネガティブな協調性に代表される「空気を読んでいわない・やらない」ということは企業を益々窮地に追いやっていくだろう。
しかし、これまでみてきた「日本人は忍耐強く自制心があるから行動を自粛した」訳ではないのと同様に、「日本人は内向的だからネガティブな協調性が高い」訳ではない。日本社会においてはそう行動した方が「トク」だからそうしているに過ぎない。つまり、時代・価値観の変化にあわせて企業組織における「トク」を変えていければ人の動きに変化をもたらすことも可能だ。「ポジティブな協調性・主体的な行動」を求めようと思えば、それは「教える」ことによって実現されるのではない。単なる社員教育に終始しない全体像を俯瞰した環境の変革が必要となる。今、我々はその大きな変革に舵をきれるか各企業の選択が迫られているのかもしれない。(植田なつき)


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